山六木材の生い立ち!


 

こんにちは、小林です!

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今回は山六木材の生い立ちをお話します。

 

昭和37年、先代がはじめた原木販売が山六木材の原点です。

会社名は地名である山谷と、

屋号の「六兵衛」という頭文字をとって山六と命名。

今時泥臭い名前ですが、家造りは「木が命」。

その原点を忘れないように、この名前で頑張ってます。

 

今、どこの山も荒れています。

 

近くに安心して使える国産材があるにもかかわらず、

安価で便利な輸入木材が主流。

日本の木の良さを誰も気づかなくなりました。

はるか7000kmも離れた所から木材を、

わざわざコストをかけて船で輸入しています。

 

その為、近くにある森林の手入れをする人もなく、

その木を使う人もいなくなりました。

 

50年以上前、「木材は財産になる」と言われ、

多くの人が木を植えました。

わずかな時間を惜しみ、休みもなく、

森林の手入れをしていました。

 

今では人口5000人を切る出雲崎町にも、当時は材木店が

30社以上、また大工さんなどの職人さんも大勢いました。

 

しかし、家づくりは効率化、工業化の時代を迎えました。

ユーザーも、地域密着から大手ハウスメーカーへとシフト。

さらに、人口減少も手伝い、

材木店や職人さんの数は激減してしまいました。

 

山六木材は、これまで出雲崎のお客様を中心に、

住宅や公共建物を手がけさせて頂きました。

この時代の変化にともない、

2005年にエリアを長岡市などの中越地域に拡大。

 

更に2年前から、モデルハウスをベースに、

新潟市に事業エリアを拡大いたしました。

 

とはいえ、私たちの原点は、

「木と塗り壁」を使った、人にも家にも快適な住まい。

 

その家で二世代以上暮らせる住まいを造りたいと思っています。

その為、

職人さんによる伝統の木造軸組工法で、

いつまでも修繕やリフォームが

簡単に出来る家をご提案しています。

 

また、エリアは拡大しましたが、本社は、

この出雲崎町に置いてます。

 

なぜなら、

今まで私達を育ててくれたこの地域を、

ずっとサポートしていきたいと思っているからです。

生まれた地域はもちろん、

「あなたの暮らしていた家もあなたの故郷です」。

 

そんな、

 

「帰りたい家、戻りたくなる街」という、

こだわりの住まいを造り続けたいと思います。

 

これからも、古き良き日本の温かい家づくりを

提案していきたいと、考えております。